港陽園は名古屋市港区にあった遊里。
戦前あった永稲遊郭がちょっと移転してきたもので、47軒に220名と「全国女性街ガイド」に記載されています。
移転は戦後とのことで、戦前に刊行された「全国遊廓案内」には記載はありません。
散策当日はあいにくの雨模様・・・
それも結構な降水量だったため、カメラを構えるだけでも必死なくらいでした。
往時は47軒も存在した港陽園の妓楼ですが、現在残されているのはこの「かもめアパート」だけと云われています。
しかしこの存在感、わざわざ大阪くんだりから見に来た甲斐があるってもんですね。
入口のタイル使い、さすが名古屋。
2階手摺の透かし彫りもかなり凝ってますな。
今もアパートとしては現役です。
勝手口周りも全部タイル。
このかもめアパートを見るためだけに全国から酔狂な同志たちが訪れるようです。
その気持ちわかるなぁ。
かもめアパートの他、けっこう大きなカフェー建築や元妓楼の倉庫も最近まで遺っていたそうなんですが残念ながら取り壊されてしまったようです。
仕方ないか・・と名港線の築地口駅までの帰り道、なんとなく気になる間取りの建物を発見。
手前に駐車場を作るためにぶった切られたアパートっぽい建物。
トタンの透明部分のむこうに手摺っぽいものが見えます。
反対側に廻りこむと透かし彫りの入った手摺を発見、間違いなさそう。
近くにあった古い建物もなかなかの雰囲気を醸し出しております。
港楽町のほうにもこんな物件が向かい合ってますが、さすがに違うかな・・・。
今回は1泊2日で名古屋に行ってきたんですが、この後は八幡園にも寄ってきました。
相変わらず雨が酷くてロクな写真は撮れなかったんですが・・・
八幡園の記事はまた近いうちに書きたいと思います。
訪問日2018.09.15
ぴよちゃん
これは驚きました。川の西は空襲なかったのでしょうか?
東は三菱のゼロ戦の工場だったので大江や名港一帯は壊滅というイメージを持っていました。
名古屋で「こうようえん」と言えば浩養園だと思っていたので港陽園にはちょっと笑いました。
en.
ぴよちゃんさん
コメントありがとうございます!
港陽園は戦後からの所謂「赤線」のようですね。
このあたりは空襲で壊滅状態だったんですねぇ・・・
「浩養園」はじめて知りました~ビアガーデンなんですね、せっかくなんでこっちも一度行ってみたいです。